「今」から始めればいいじゃない

趣味物書きによる「表現」に関するあれこれ

アドバイスを求めるなら〇〇な人に求めなさい

その人の言うこと、聞いて行動する気になれるかどうか

 

f:id:sakuraco11:20171107114326j:plain

 

唐突ながら、親御さんやパートナー、上司、先輩、先生…そのほか、何か助言を求めて返答があったところで行動できたこと、ありましたか?

 

私にはこんな経験があります。

仕事でほんとーに、ドン底ってくらいうまくいかなかった時、それはもう色んな方にアドバイスを求め、方法を模索したんですが、うまくいきませんでした。

仕事ですから、その仕事のことは上司やうまくいっている同僚に解決の糸口を問うのが一番。

だと思ったんですが…

 

結論から言えばうまくいきませんでした☆

 

まあ、やり方とか、適正とか、意識や認識の仕方とか、私の姿勢とか…まあ、色々反省点はあるんですが、個人的に影響が小さくないと思っていることがあります。

 

それは、アドバイスを求めた先(言い換えればアドバイスをくれた人)との相性と自分の好意の高低

 

 

「**してごらん」と同じアドバイスされても

何か…例えば絵が上手になりたいとして、「量をこなしなさい」とアドバイスをされたとして

 

 

  • 今をときめく漫画家さん
  • 超尊敬する絵師さん
  • あまり好きじゃない担任の先生
  • 大好きな美術の先生
  • 絵も漫画も詳しくない両親

 

 

三者から同じことを言われても、自分への影響、響き方、その後「行動しよう」という強い動機になるかどうかって、変わってくると思いませんか?

超尊敬する絵師さんが言うなら私もやってみようって思うことも、好きじゃない担任やさほど詳しくない両親から言われても「とは言っても」「わかってるよ」となんだか腐った気分になってしまう。

かといって、今をときめく漫画家さんの言葉は、響く反面「この人は才能があるから」と思ってしまったり。

この違いは、もちろん技術的な高低だったり距離感の問題もあると思うんですが、結局のところは

  • 自分と相性がいい人かどうか

  • 助言者が好き、あるいは尊敬できる人かどうか

がものすごく影響していると思うんですね。

 

 

それが正しいことでもカンに障る人と素直にやってみようと思える人

あなたは同じことや正論を言われても、妙に癇に障って腹が立つ相手と、そうじゃない人、素直に受け止めてそうしようと思える人がいるというような経験がありませんか?

その違いってなんでしょう?

 

少なくとも「お前が言うな」って思える人や「そうはいっても」とせっかくもらった助言もあまり響かないような人は、ある面ではもちろん尊敬や好意を持っていたとしても、その部分において、あるいは全体的に反感を持っていたり、好きじゃなかったり、尊敬してない人だったりしないでしょうか。

嫌な上司や、あまり好きじゃない同僚とか、ね。

 

私も、不信感情を持っている上司のアドバイスや叱責は、もうちっとも聞く気になれませんでした。

それが正しいと理性でわかっていても、感情と体が動かない。

無理やり動かすけれども、余計なエネルギーを使って、その割にちっとも手応えもなければ成果も上がらない。

 

逆に、好意が高く尊敬できる人の一言で、ものすごく伸びやかに動けることも経験しました。

あ、そうすればいいんだ、って、体も心もするすると動く。

同じことを言われているにもかかわらず。

 

教えを請うなら好きな人から

 

これはどこかで見聞きした言葉なんですが、至言だな、と思います。

 

 

道具も人も、うまく選んでうまくつきあう

 

助言を求めるなら、好きな人に求めること。

 

現状を変えるために行動できなければ意味がないんですから。

素直に助言を受け入れられ、この人のアドバイスなら動きたい、と思える人に助言を求めることが大切です。

だから、相手への好意の具合や相性はとても大事ということになります。

 

そして今は助言者を求めるのに近くの限られた人しかいないのではなく、相性のいい人を求めて、最適な答えを持っているたくさんの人から選べるだけの環境があるわけです。

 

道具も人もうまく使って、前に進んでいきましょう。

 

 

いつもご覧くださいましてありがとうございます。

たくさんのスターに読者登録、大変嬉しいです。