「今」から始めればいいじゃない

趣味物書きによる「表現」に関するあれこれ

必要なのは、私は私に必要なものに必ずたどりつけるし選択できると信じること

前回無数の選択肢の中から、今のあなたが選ぶ、今のあなたにとって必要なものを選ぶ方法という話をいたしましたが

 

 

sakuraco11.hatenablog.com

 

 

 

この記事の中でも選択するものは「かたよる」という話をいたしました。

 

さて、問題は

 

その「かたより」のまま選んでいいの?

 

という疑問が当然浮かぶだろうという話。

 

 

「かたよる」こと。

って、あなたにはどんなイメージがありますでしょうか。

かたよるって、何だかネガティブなイメージがありませんか?

例えば、「栄養がかたよる」とかは典型的ですね。

逆に、バランスをとること、マイナス点を埋めて平均的にすることに対して、何だかとても重視するというか、凄まじいエネルギーを使っているというか、力を注ぐことってありませんか?

子供の頃から苦手教科の克服、とか仕事と私生活のバランス、とか。

バランスをとることはとても大事なことであることには違いないんです。

 

ただ、こと「かたよる」ということは、そんなにネガティブなことなのでしょうか

 

という問いと、前回の件をふまえて

「そんなかたよった私の、かたよったものの選び方でいいの?」

「弱点や欠点を克服しなくていいの?」

という疑問について、今回はお話ししようと思います。

 

 

結論から言えば、

 

その欠点や短所を克服しないと生き死にに関わるということでなければ、そちらに注力するより美点や長所を強化したほうがいい

 

つまり

 

かたよったままでいい

 

と私は思っています。

 

これは裏表の関係なんですが、

興味や関心、能力の偏りって、その人の個性であり専門でもあるわけです。

その個性や専門性って高めれば高めるほど、当然偏ります。

そしてそちら方向に力を注ぐと、人間ものすごく伸びやすいんです。

更に言えば、そうした点に出会えて伸ばしていけることはその人だけの才能なんですね。

ただし、それは先鋭化する分、欠点や短所も浮き彫りになります。

 

これまではそれを均質化するのが日本の教育で、社会に出てからもそれが扱いやすく、それゆえに優秀な人として重宝された。

 

けれども、これからはかたよってくれたほうがいいんですよ。

そのかたよりが、フィットするところにものすごく重宝される。

そのかたよりゆえに足りないところは、その足りないところが得意な人がやる。

そうすると仕事のクオリティがグッと上がる。

 

例えば、シナリオ担当、作画担当がいる漫画家ユニットのように。

 

 

そう考えると、先の記事の例であげた「かたより」って、その人自身の興味関心や適正、能力であり、その人にとって必要なものであり、更に言えばその必要なものを手繰り寄せるだけの才能とご縁があったということだと思います。

だって、出会えないものにはやっぱり出会えないし、興味もわかないものです。

この辺り、脳の働きや構造にも関わりますが、とても鋭敏かつ繊細、そして大胆に取捨選択しています。

言えるのは、

 

あなたはあなた自身で、あなたに必要なものに必ずたどりつけるし選択できる

 

ということ。

その「かたより」は大切なものなので、ぜひ大切にしてください。

大事なのはたどりついたものやヒントに対して、自分で何をするか、です。