「今」から始めればいいじゃない

趣味物書きによる「表現」に関するあれこれ

たくさんあって選べない、困っちゃう〜というのは割と深刻な問題だと思う

なぜか書いてあった下書きが消えてたことに気がついて(´・ω・)な私です。

何回か前に書いた記事が長くなりすぎたので続きに回そうと思っていた内容がごっそり消えてしまったので、さてどうしたものかなと思いつつ、今回は別のお題です。

 

結局何を選んだらいいのか

 

あなたも私も、生きていれば無数に近しい選択にぶちあたります。

朝の一杯はコーヒーにしようか紅茶にしようか、はてまたオレンジジュースにしようか、といった比較的単純なことから始まり。

今度の休みはどこに行こうか。

仕事を辞めるか辞めないか。

読書と部屋の掃除とイラストを描く、どれをするか。

自分が学ぶものは、専門とするものは、仕事は、どの分野を選ぼうか、とか。

この人と付き合うべき(もしくは結婚するべき)か否か、とか。

 

無数に近しい選択、特にあまりにたくさんあって、どれを選んでも間違いではないものの中から何を選ぼうか。

その基準は何だろう、どうしたらいいのか、という問い。

 

私にも経験があります。

大学受験の時と、就職難民だった時。

それでも大学受験の時は比較的単純に決めましたね。

  • 将来の夢がなかったために、いっそ得意で好きな教科を学ぼう
  • 実家から通える(実家を出るつもりがなかった)大学
  • その教科における全分野が揃っている

そんな大学は当時地元では限られていましたので(関東・関西に出れば違ったんでしょうが)志望校と学部はあっさりと決まったものです。

就職の時はもう、やりたいことを見つけるまでに紆余曲折ありました。

割と大回りしてみつけた「やりたいこと」を叶えるために費やした20代は、結局3年粘って「やりたいことじゃなかった」ということに気づく結果になったという、まあ割とお粗末かつ、大事な教訓を得た結果となったのですけれども。

この辺りは話がそれるのでまた別の機会に詳しく書きたいと思います。

 

話を戻して、私が大学受験の時と、就職の際、やっぱり無数の選択肢の中から何らかを基準に選んだんですね。

それはいまこの記事をご覧くださっているあなたもそうだと思います。

何を選んでも期待感と同時に「もしこれを選んで失敗したらどうしよう」という気持ちがむくむくともたげながら、それでもエイや、と選ぶのか、二の足を踏むのか。

この辺りは前の記事に書いた

 

 

sakuraco11.hatenablog.com

 

こちらも関連づきそうな話です。

 

さて、ものごとを選ぶ際、何を選んだらいいのか、というのは、割とその人の時や状況、タイミングによるところが大きいような気がします。

特に漠然と、限定もされず大きな範囲から、何か一つを選ぶというのは、実際人間にとってはとても難しいことなのだという研究結果もあります。

選択肢の数が3つくらいが一番選びやすいそうです。

たくさんの中から選べるって自由だと思いきや、むしろストレスになるんですね。

 

それでも、何かを選ばなければいけない。

絞らなければいけない。

そんな時、状況必要性、この二つが大きなキーポイントになるのではないかな、と私は考えています。

 

少々長くなってまいりましたので、この話の続きは次回!