「今」から始めればいいじゃない

趣味物書きによる「表現」に関するあれこれ

型にはまる、というのは自由な表現の一歩である

型にはまる

 

ということについて、あなたはどのようなイメージをもっているでしょうか?

ネガティブなイメージ?

「型にはまったひと」なんてなんて表現はあまりいいイメージがないことを考えると、つまらない、きゅうくつな、オリジナリティのないもののように思えるかもしれません。

 

しかし、あえて言います。

 

型にはまる、というのは自由な表現の一歩である

 

と。

 

 

昨日の記事でも書きましたが

 

 

sakuraco11.hatenablog.com

 

、というのはうまく使えば本当に楽に思考できるツールです。

そもそも、「考える」ということ自体、とてつもないエネルギーを必要とする行為です。

当然、脳もくたびれるんですね。

例えば、何か考えたいものがあるとするでしょう。

仮にAとします。

Aのことを、取り合えずメモしよう、図を描こうとするでしょう。

そこで素直にAのことをズバッと紙なりEvernoteにアウトプットできる人はいいんです。

できない人はあれこれ考えるわけですよ。

  • どう書いたものかな。
  • 図?とりあえず文字?
  • メモをするにしてもどう書こう?
  • 書いてるうちに何か違うアイディアが出てきたらいけないから余白は多めに…
  • ああ、そう書いたら紙面が足りない!
  • 「メモったはいいが…書いてるうちにあっちこっち行ってわけわからん」という過去の失敗のフラッシュバック

なんてことを、本題の前にして頭によぎる。

考えてしまう。

肝心のAのことについて考える前に、時間もエネルギーも使いすぎて疲れ切ってしまって、「もういいや」となってしまうわけですね。

 

肝心なのはAのことを考えることであって、その前の段階で考えすぎて疲れてしまっては意味がない。

型、というのはその前の段階を考えずに済むようにしてくれる道具の一つです。

テンプレート、フレームワークというのはそういうものです。

余計なことに時間もエネルギーも使わずに、大事なことを考えることに使う。

時間もエネルギーも浪費しない分、大事なことに全部注けるし、だからこそ思考を深めることもできれば発展させることもできる。

型、というのは本当に、時間もエネルギーも浪費せず思考に全力を注げるようにすることで、結果自由に表現するためのツールなんですね。

 

なので、型にはめなければならないという強迫観念や、型を使いこなそうと思うばかりに使い方に難儀して型に振り回されては、これもまた本末転倒なわけで。

  • 何のために表現するのか。
  • 何を考えたいのか。
  • そのためにどの型を使うのか。

ということを頭に置かないと、型の奴隷になってしまいます。

 

あなたも(そして私も)型と上手にお付き合いして、自由になりましょう!