「今」から始めればいいじゃない

趣味物書きによる「表現」に関するあれこれ

どんなに便利でいいツールがあっても、きちんと使って管理しなければ意味がない

ここ何日も、私は何ヶ月も前に作った一つのファイルを探していた。

一年も経っていない。

けれども、ネット上で便利と何かの記事で勧められていたアプリはお試し気分でほとんど使っていなかったから、そのアプリの名前が思い出せない。

そしてファイル名も思い出せない。

どこにしまったんだっけ?

それも思い出せなくて、右往左往しながら(実際にはMacのファインダーを行ったり来たりしていたのだけれど)ファイルをさがす。

ない。

PCの中にも、外付けハードディスクの中にもない。

出てくるのは、すっかり忘れていた黒歴史ばっかりだ。

やれやれ。

まあ、私の分類下手や片付け下手については本筋からそれてしまうので置いておこう。

 

なぜその見つけられないファイルを何日もかけて探していたのかといえば、まだ一行も書いていないオリジナル小説の設定というか、人物相関図を割と細かく置いておいたからだ。

あの時何日かかけて、名前を選び、相関関係を考えていた。

最近本格的にあの話をちゃんと組み立てようと思った時に、あれだけ時間を割いて作ったものがあるんだから持ってこようと思った。

うん、自然な流れ。

まあ、勿体無い精神でもあるような気がする。

バッサリ捨てて、作り直した方がよかったんじゃないかと思ったけれども、それはそれ。

ところどころ「あ、これだ」と思った設定を割と忘れていて、あの時に考えてメモったそれほどいいものには感じられないから、その設定が詰まったデータがいよいよ惜しくなった。

だから私は躍起になって記憶を探り、データを漁った。

本当に、あれどこやったんだっけ?

どうにかこうにか、糸口を見つけて何とか探し当てたんですけどね。

 

あー、見つかってよかった!

そうそうこれこれ、と見つけて確認したファイルに安堵感と安心感を覚えると同時に、しかし何でこんなアプリを使ったんだっけ?とか、何でここにしまってたんだろうか、とか、当時の私の思考回路に想いを馳せる。

単純に言ってしまえば、たまたま知ったアプリへの軽い興味と、某クラウドドライブのアカウントと連携できる便利さ、気軽さがあったからだろう。

逆にいえばその便利さ、気軽さが仇になって、ファイルを見つけるのに難儀したわけだけれども。

気軽さ、手軽さというのは、使わないうちに忘れてしまうと、どうもとっかかりがないぶん思い出すのに難儀する。

試しで使うものこそ、ある程度マメに使わないと身につかないだけでなく、いざという時思い出せないという弊害がある。

 

今は無料で便利なものが多い。

多すぎる。

次から次へとよりいいもの、より便利なものが出てきてどんどんシェアされる。

そういうものに振り回される前に、一つの道具とじっくり付き合うことも大事。

 

それ以上に

 

ちゃんと管理することは大事だよ、本当に。

ファイルもツールも、使いようだし、管理のしよう。

ちゃんと使ってどこにあるか理解していなければ、実体がないデータだからこそ見失ってしまう。

今回はちゃんと思い出せて辿り着けた幸運に感謝しつつ、ちゃんとファイルを整理しよう。

本当にね。

 

 

ちなみに、そのツールというのはdraw.ioというやつです。

フローチャート何かを作るのに便利な作図ソフトですが、相関図を作るときなんかにもなかなかに便利。

こちらとかで紹介されてます。ご参照まで。

 

ferret-plus.com

 

trendy.nikkeibp.co.jp