「今」から始めればいいじゃない

趣味物書きによる「表現」に関するあれこれ

不向きの上に、実は自分自身の望みじゃなかった、というのは不幸。その上それに気づけないことほど不幸なことはない。

「向いてないよ」

そう、言われたことがある。

それはやる前から門前払いを食らった言葉ではなく、やるだけやって成果があげられなかった私に対する、厳しくとも現実的な評価だった。

無論、私は酷く傷ついたし、色々あって心が疲弊して、そして何よりも既に信頼できなくなっていた当時の上司にそう一刀両断されたことは悔しさと恥じ入る気持ちを超えてブツッと終わったような気になった。

 

それと同時に、納得もした。

向いてなかった。

きっとそれは正しい。

そして気づいた。

 

私がしたかったことはこれではなかった

 

何年もトライして、ようやくありつけた、夢だった職に対する私の結論はこれでした。

 

 

さて、このように、「やりたい」「なりたい」と適正と、そして自分の望みは噛み合っていないということがあります。

案外こうしたケースは、吟味して考え抜いたと思っていてもよく陥りがちなことです。

例として私の仕事上の経験をあげましたけれども、これと似たようなことは表現においても起こり得ると、私は思っています。

それは、漫画家になりたい、小説家になりたい、イラストレーターになりたい、童話作家になりたいといった職業的なことだけではありません。

あるいは媒体、あるいは形式。

画風や文体。

選んだ「表現」の方法。

ひょっとしたら、道具やソフトウェアの選び方に至るまで、そうした齟齬、ギャップが起こり得る。

 

どうしてそんなことが起こり得るのか。

いくつも理由は考えられると思いますが、わかりやすいもので3つ。

 

一つは、イメージだけで走り出してしまった

考え抜いたと思ったけれども案外あやふやとしていた。

だから思う以上に得られるものが少なかったり、あるいはなかったりする。

コレジャナイ感がある。

考え抜いて、具体的にしたつもりでいるところに落とし穴があったりします。

曖昧で、案外雑で大味なものを描いていたりする。

だから、割と行き当たりばったりな行動をして効率が悪い。

これを積み上げて正解なのかという漠然とした不安感がつきまとう。

そうして集中を欠いた行為に、どれほどの成果がついてくるのか、というのは想像に難くありません。

 

一つは、誰かのイメージ、憧れに引きずられていた

あなた自身に合っていないものに憧れて、それを実現しようとした。

これも割とよくあることです。

人の、特に成功している人や憧れの人がすること、持っているもの、属性。

それがあれば自分もそうなれるのではないかという期待感と、結果がついてこない失望感を得る。

そう、人の成功例や道具は、必ずしも自分の成功例になり得ない

 

一つは、誰かの欲求が自分の欲求だと勘違いしていた

その夢や表現方法は、実はあなた自身の欲求ではなかった。

そうしたことは、職業選択や表現だけではなく、日常の些細なことまでよくあることです。

誰かの夢や理想、価値観を自分のそれと混同してしまうこと。

そうすると、まずやる気が湧きません。

しかしそれを乗り越えて、実現できたとしたら、それ自体は素晴らしいことです。

しかし、驚くほど達成感や喜びがない自分に驚いて、自分がおかしいんじゃないかと思うことさえある。

一般的に素晴らしいと褒められるようなことを成し遂げたらなおのことです。

しかし、やる気や達成感、喜びが湧かない、あるいはあまりにも小さいのは当たり前なんですね。

それは、本当に自分がなりたかった、やりたかった、夢や理想ではないのですから。

 

 

正直に申し上げれば上の三点、恥ずかしながら全て私自身に当てはまったことです。

 

職業選択はもちろんですが、趣味であっても同じこと。

もちろん、自分に合っていないものことであっても、心から楽しんでいるのであればそれでいいんです。

自分自身の心からの欲求に従っている時、ほんの些細な小さな変化さえも鋭く察して、それを喜ぶことができる。

それを糧に続けることができます。

それは誰に邪魔することもできない、咎めることのできないことです。

問題はそうではなかった時。

成果があがらなくて、嫌になってしまって、終いには自己嫌悪や自己憎悪さえ感じた時。

もしくは、やりたいと思ったことなのにちっともやる気が湧かず、一歩さえ踏み出すことが億劫な時。

あるいは素晴らしい成果をあげたのに驚くほど喜びがなかった時。

 

そういう場合、一度立ち止まって向き合わなければならないのではないでしょうか。

もし、その状態から抜け出したいと思うならば、死ぬほど恥ずかしくて苦しくて、向き合うことで傷つくとしても、認めたくないことを露呈するとしても、それを見つめて受け止める必要がある。

 

長年追ってた夢や理想は、向いてなかった上に「実は違った」って認めることはとんでもなく辛いこと。

しかし、実は楽になって、前に進むために一番手っ取り早い方法です。

 

ぶっちゃけ、漫画や小説、イラストや曲など、かきたい、作りたいと言いながら最後まで実現できなかった方は、一度向き合ってみてはいかがでしょうか。