「今」から始めればいいじゃない

趣味物書きによる「表現」に関するあれこれ

上達したいけどどうしたらいいの?と質問箱に問う以前の問題で

しばらく、それこそ十年近く創作の世界から足を洗っていたというのに、私がまた小説を書き出したのは些細なことがきっかけだった。

簡単に言ってしまえば、ハマって、台詞や背景、世界観が「降りて」きてしまった。

そしてその「降りてきた」ものごとを、自分の外に出したくて仕方がなかった。

そうして割と衝動のままに、一つの長編を一気に書き上げた。

 

あの怒涛の勢いはだいぶ落ち着き、今はまた別の設定を練っている最中だったりします。

設定に凝るたちの上、長編になりがちな私が新たに得た着想は、やはり長くなりそうで、設定の断片を捏ねるのに難儀している状態です。

その一方で、もう一つ、長年なんとなく温めていた世界観をついに表したいと思う欲求に駆られている私は、同時に別の欲求を持つようになりました。

 

それは「もっと上手くなりたい」と言うこと。

 

何か一つでも書き上げたり慣れてくると、満足感とともに自分のアラ、拙さがどうしても見えてきます。

執筆中、頭に浮かぶ場面や動き、キャラクターの気持ちが上手く表現できないもどかしさ。

いつも似たような表現で先へ進めることへの無力感。

いざ描(書)いている時に浮かばなかったけれども、もっといい表現や文章、台詞の入れ替えなんかが見えてくる。

全部、書き上げて、アップしてから気づくから困りものです(苦笑)

多分、そう言うもんです。

そしてそれが一つの成長した証で、向上心なんでしょう。

喜ばしい気づきではありますが、単純に感想を述べれば、地団駄を踏んで、布団の中にくるまってゴロゴロしてしまいたいくらい、恥かしいことです。

いや本当に。

そうして思う。

もっと上手になりたい。

満足のいく、思い描く何かを余すことなく表現できるだけの画力や文章力が欲しい。

これは自然な欲求だと思います。

 

さて、ここで問題が出てきます。

それは「どうしたら上達したという状態になるのだろう」、と言うことです。

 

イラストや漫画、文章を描(書)いていらっしゃる方達と話したり交流する中で、割とよく見聞きするのが「絵や文章の上達方法」についての見解です。

彼らの意見やアドバイスは割と共通している一方で、受ける質問も割と共通していて、そこで質問を受ける絵師さんや文字書きさんが抱く感想にも共通する点がいくつか見えてくるような気がします。

 

それは「どうしたら絵(もしくは文章)が上手に描(書)けるようになりますか」と言う問いの曖昧さ。

 

何か一つ乗り越えると、その先へ、あるいはもっと上手くなりたい、と思うのは人として当たり前の欲求なのだと思います。

そして人は「何かをするからには向上しなければならない」と言う、どこか脅迫観念めいたものを抱いていたりする。

まるで上達しなければ、効率を上げなければ、もっと成果を得なければ…まるでその行為をする意味も適性もないと、無能だと言いたげです。

しかしその当たり前の欲求と圧迫感を前に、私も含めて、案外見落としがちなことがあるように思います。

 

  1. なぜ上達したいのか
  2. どうしたら上達したことになるのか
  3. 目指す姿は何か

 

この辺りが実に曖昧のまま

「上手になりたいけれども方法を教えてください」

「アドバイスをください」

と聞く人が多すぎる、と言う話はかなり多いです。

多分、きっと質問される方は分かっていないのでしょう。

あるいは、漠然としたイメージ未満のぼやっとした何かは頭にあるのだけれども、それがどうにも具体的に、文字や絵で表せない。

だからぼやっと、問いかけることで丸投げする。

得ようとする。

多分、絵や文章、他にも楽器や道具、技術的なこと以前にもっと色々考えたり見つめ直さなければいけないことがある。

けれども、そもそも何を見つめ直さなければいけないのかさえわからない。

だから漠然と問いを投げて、ゆえにピントのずれた回答を得る。

それを繰り返す。

この構図、割と就職活動や自分探し、カウンセリングしているとよく出会う構図だなぁと私は最近気がつきました。

 

上達したい、と思うのは多分自然な感情。

では、「どうしたら上達したと言う状態になるのか」。

上手な人に質問やアドバイスをもらう前に、ちょっとこの辺りを自分自身で材料を集めたり、整理したりした方がいいと思います。

 

ちなみに。

ぼやっと「上手になるにはどうしたらいいのか?」という問いに対しては、定番ながら「量をこなせ」と言う回答にほぼ収斂します。

絵でも文でも音楽でもダンスでも。

だいたい王道にして正しい回答です。

そして誰もが予想しうる回答かと思います。

でも、質問者はそんなことは分かっていて、欲しい答えもその一歩先のものかと思います。

ならば、問い方を変えなければいけない。

そのためにはもっと自分と自分の表現を見つめ直すなり、材料を集める必要があるかと思います。