「今」から始めればいいじゃない

趣味物書きによる色々(迷走中)

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冴え冴えと冷たい朝にふと春の気配が咲いた気がした。

ほの甘い匂いを視線で辿れば、そっと蕾を開いた梅が一輪。

この奥ゆかしい香りは確かに春めかしい。

冷たさの中に見つけた春を遠い昔の王朝人も愛したのだろうと思うと、冬の終わりに人が思うことは千年経っても変わらないのだと心が緩んだ。

電車の音はこれからどんどん変わるかもしれない話

電車。

現代日本人にとって車と肩を並べる足である。

私の住まいはほどほどに田舎で自動車がなければ不便なところに住んでいるのだけれども、駅まで徒歩十五分ほどなので、前職まではもっぱら通勤時の足は電車を使っていた。

 

さて、創作にあたって電車を表現する時、あなたはどう表現をするだろうか。

 

その表現が絵なのか文章なのかによって手法は異なるだろうけれども、車窓から見える景色、音や揺れ、あるいは人の混み具合なんかで都心のラッシュから田舎ののどかな単線まで表現できることだろう。

(余談ではあるけれどもガラスの仮面でマヤが電車とバスと乗車している姿を演じ分けたあの描写はものすごく印象に残っている)

 

私はガタン、ゴトン、という音と揺れがいかにも電車らしく描写しやすいように思う。

そこではたと思ったのは、「あのガタン、ゴトン、という音って何?」ということだ。

レールの上を電車が走る音とは承知だが、深く考えたことも調べたこともない。

ということで改めて調べてみた。

 

電車のあの「ガタン、ゴトン」という音はジョイント音と呼称されています。

その名の通りレールの継ぎ目を電車の車輪が通過する時に発生するもの。

ちなみにレールは一本25m、これが定尺レールと呼ばれるもので、電車1両より少しだけ長いんだそう。

そのためあの電車の「ガタン、ゴトン」という音はいつもするそうです。

尚レールトレールの継ぎ目は気温によるレールの伸び縮みを考慮して隙間が開けられていて、その隙間が夏は狭く冬は広がるため実は聞こえ方も違うそうです。

そう言えば冬より夏の方が音を気にしないような気がするのは…夏は頭が茹だってるせいかな?

 

ところで昨今はレールの継ぎ目の方法を変えたり、ロングレールという一本200m以上のレールが登場したことによってあの「ガタン、ゴトン」という音と揺れが減ってきているそうです。

 

ということは、今後電車の描写で「ガタン、ゴトン」を出しすぎるとひょっとしたら描写としてリアルとの差異が出てくることになるかもしれないなと思いました。

今後ロングレールがどれくらいの規模と速さで全国展開されるだろうかということはありますが、都心と地方、大手と私鉄ローカル線などでレールの音や揺れの個性出てくるのかも…?

と思うと、身近で使う電車から遠出した旅先の電車の音や揺れも観察すると描写に深みを与えてくれるかもしれないなと思いました。

 

【参考】

news.mynavi.jp

ja.wikipedia.org

【資料】学園もの・部活ものに参考になるかもしれない資料

創作に当たって学園もの、部活ものをテーマにするにあたってちょっとした資料になるかもしれない中学・高校生の運動部人口の統計とランキングがあったので紹介します。

 

sports.pasona.co.jp

こちらのサイトは運動部人口ランキングと競技人気の変遷についても記載があるので興味深いです。

この十年でぐっと知名度と人気が上がった競技、反対に、もしくは相対的に人気が下がった競技の影響も垣間見れそうです。

2020年のオリンピックでまた変わってくるのでしょうか。

 

上記のランキングの元になった統計はこちらにあります。

【高校】

www.zen-koutairen.com

 

 ※野球は別みたいです。

www.jhbf.or.jp

www.jhbf.or.jp

 

njpa.sakura.ne.jp

 

中学から高校のデータで競技人口の増減も見て考察すると色々発見がありそうだなと思いました。

 

創作の奥行きになったらいいなぁ…

 

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太陽が まるで色と温度を奪いながら空の向こうに蕩け落ちていくようだった。

世界が色褪せていき、カサカサと音を立てて乾いていく。

あの木を彩る色あざやかさはつい昨日のことのようだと思ったのに。

 

温もりと彩りは、まだ遠い。

リセット

こんにちは、お久しぶりです。

自分自身で書きながら方向性迷子になって放置しておりました。

ご覧いただいていたユーザー・フォロワーの皆様申し訳ありませんでした。

 

目的と方向性を改めて見直そうと思い、これまでの記事のほとんどをひとまず非公開に下げました。

タイトルも変えます。

 

ずっと気力が湧かないまま今年も終わりに差し迫り、ようやく動き出そうという上向きな気持ちになりました。

この辺りもまとまったら文章にできたらいいなと思っております。

 

これからもよろしくお願いします。

 

ひとまずご挨拶まで。

 

sakuraco

「今」さらはじめてなんになる?

「今」から始めればいい

 

というのは、数日前に私の脳裏にポンとおりてきた言葉でもあり、戒めでもある。

 

私は結構腰が重い。

思いつきはするのだけれども、その思いつきを実行するまでにあーだこーだと悩む。

と言うよりも、悩んでいるのはポーズであって、ただ先送りしているに過ぎない。

そうして一週間経ち、一ヶ月経ち、そうこうしているうちに秋を迎えてハッとする。

「あ、もう月末(あるいは年末)になってしまった」と言うことに気付いた時に、いつも「あの時からやっていればなんらか積み上がって形になっただろうに」と言う後悔と落胆。

その間、何かをして残した記憶も記録もなく、ただただ時間を浪費してしまったことと、そんな怠惰な自分に対する感情は、渋くて苦くて、なんとも直視し難いものがある。

 

そして過去、何かを始めて続かなかった記憶が頭を過ぎる。

現状に息苦しさを感じて変わりたいと思いながら、何もせずに手を拱いて、怠惰に昨日と同じ日を重ねようとする。

 

それがしんどい、と心底思う。

 

振り返って過去を見て、「何もしなかった」と言うえも言えぬ後悔と落胆は、警告でもあると思う。

一週間後、一ヶ月後、半年後、一年後の自分が振り返った時にも同じことを思うのではないだろうか。

今始めれば、その時の自分は同じことを思わなくて済むと言う警告。

 

だから「今」から始めればいい、と私は思う。

気付いた時、我慢できなくなったその時から始めればいい。

その選択が、未来を変え、そのうち自分の中の過去の意味付けさえ変える。

いつだって、私は変わっていいのだ。

「今」からはてなブログ始めました

初めまして、趣味物書きのsakuracoです。

ご覧いただきましてありがとうございます。

 

昔二次オタ、ここ十年ほどは読み専に移行していたライトオタク。

が、うっかり創作の世界に舞い戻ってしまった趣味物書きです。

 

趣味物書きではありますが、同時にカウンセラー・コーチング業を行なっており、「もの・ことを表現すること」と「夢を達成すること」の共通点がかなり見つけられたこと。

SNSでの交流で見聞きした情報や問いに関して、個人的意見がふつふつと沸く中で、SNSでは表現しにくいなと思ったことが溜まってきたため、はてなブログでブログを開設するに至りました。

 

「「今」から始めればいいじゃない」をテーマに、割と好き勝手に、私が思う「表現すること」についてや、細々とした雑感、個人的試みなどを書いていく予定でいます。

 

かくいうこのはてなブログ自体もかなり試験的ではあります。

昨日やらデザインやら、どういじっていいものかこれから試行錯誤していきます(笑)

何かいいアドバイスやご意見があれば是非ご教授ください。

 

よろしくお願いします。